冬の日になると思い出す 。
今となっては懐かしい、あの日のこと。

















その日は雪が積もっていた。
今もまだ降り続いている雪は昨夜から降り始めて、まだ一向に止む気配を見せない。
吹雪とまではいかないが、粉雪が次から次へと舞い降りて路を隠していく。


(雪かぁ・・・)


麻衣はぼんやりとそう思った。

今日中に片付けろと口煩い所長から言い付かっていた仕事を終わらせると、ひらひらと雪が外を銀に染め上げていた。
終わった書類が積み上げられた山を睨んでから、魅入るように窓を見つめた。


ぽつぽつと人が通り過ぎていく。

丁度今の時間は仕事が終わり始めている頃合だろう。きっとこれからもっと沢山の人たちがこの銀色の粉雪を踏みながら帰宅路をゆく。


麻衣は頬杖を付いてその光景を見つめた。
特に変わったことといえば、東京に雪が積もっている事くらいで、それでもそんなに魅入るほどの貴重な光景という訳でもない。

何が麻衣の視線を捕らえて離さないのか。
判る気がしたけれど、あえて考えない事にした。


ひら、と雪が舞う。


もっと沢山積もったら、皆と雪合戦も出来るなぁ・・・。
ふと思い立った考えが、ぽっと自分の心を暖かくさせた。

自然に「みんな」の事を思い出せるほどに、私はみんなの居る日常に当たり前を感じている。


一人じゃないと思えるのは、何て幸せな事。
もう、あの日のままの「一人ぼっち」じゃない。
そう思えるのは_____・・・・


がちゃりとドアの開く音がした。条件反射で振り返ると、其処には相も変わらず真っ黒な服を纏った青年が立っていた。

「麻衣、書類は片付いたのか」

問われて、先程まで思考に沈んでいたせいか何の事か理解するのに少々時間がかかった。

「・・・ぁあ!うん、書類ね、終わらせましたとも!」
偉かろう、とふんぞり返って言ってやると、それが当たり前なんだと思い切り馬鹿にされた。


「・・・・・・・帰るぞ」

当たり前のように、ナルがそう言ってくれる。
習慣になったのはいつからだろう。きっと、始まりは意識してとかじゃなくただの流れ。
でも、それが「普通」になったことが何だか今日はすごく、嬉しい

にへーっと笑っていると、思い切り眉を顰めて怪訝そうな顔をされた。


「うん、帰ろ!」









吐く息が真っ白だ。空気すら凍っているように感じる、東京と思えない寒さ。

「はぁー・・・寒ぅ・・・」

手袋をしていないせいで真っ赤になった手を擦りながら息を吹きかける。

隣にはナルが無表情で歩いている。
歩幅を合わせてくれるなんて、珍しい。
いつもこんなではない。いつもは・・・もっと私の存在なんか認識していないかのようにすたすた歩いていってしまう。私は必死でおいかける、そんな感じ。

だけど、どうして今日は合わせてくれるのだろう?ただ、雪がひっかかって歩きにくいだけなのだろうか。


横顔ですら、彼は無表情で。

まぁ彼のことだから、きっと考えてるのは読みかけの論文とかのことなんだろうな。
そう思って、今度は上を見上げた。




しんしん


音が無くて、静かに振る雪は、何だか好き。

街灯に照らされた雪が光って、とても綺麗だ。


「ねぇ、ナル。私、雪って好きだな」

独り言のように呟くと、予想外に静か過ぎる空気に響いたのか、ナルが視線だけをこちらに寄越す。

「ふわふわしてて、白くて綺麗だしさ。落ちてくるときも、ひらひら舞ってて綺麗じゃない?」
「・・・・・へぇ」

空を見つめながら呟くと、隣から小さな相槌が返って来た。


「しんしん≠チて言葉も何だか好き。音しないのに、確かにしんしん≠チて感じするよね。それに雪って、どこか優しい感じするし」

へへ、と少し笑って言ったら、今度はナルが顔ごとこちらを向いた。漆黒の、無表情だけど感情を秘めたひとみが私を捉えた。
何でだろう、今日は視線が合うだけでどきどきする。


「優しい?つめたいのにか」
「ひんやりした雪が頬に当たったりするとさ、何だか励まされた気分になるんだよね・・・。空からたくさんの雪が落ちてくると、なんか優しい気持ちになれるんだ。それに雪が溶けると、あぁ春が待ってるな、って、思うじゃない」
「ただ固体の雪が温度に触れて液体になっただけなのに?」

うぅ、可愛くない意見。ほんとムードってもんを知らないんだから・・・。でもけっこう会話になってるなぁ・・・。何て珍しいんだろう。今日は機嫌が良いのかな。

「ただそれだけのことにも!ちゃんと意味があるのっ」
言葉がみつからなくて意地になって言うと、皮肉な笑みが返って来た。

「確かに、感情だけで後先考えずに動く谷山サンには意味があるのかもしれませんね」
う、と詰まる。痛いところをつきやがって・・・。

「いつも後先考えずに迷惑ばかりかけてホント〜にすみませんでした!」
「その通りだな。周りに迷惑をかけていると自覚しているのなら少しは直す為の努力をしたらどうなんだ」


なんて可愛くない奴だ。


「ナルだってそのひんまがった性格少しは直す努力したらどうー!?」
ここまで来たら意地だ。いーっと歯を見せて威嚇するがカケラも効果はないようだ。

ナルの意地の悪い笑みは深くなるばかり。
「僕はその分容姿に恵まれているもので。この上性格まで良かったらいらない人間ばかり纏わり付いてそれこそ迷惑なのでね」

途端がっくりと脱力する。
負けた。負けましたとも。惨敗です。そもそも口論でナルに勝とうなんて考えからして間違ってましたとも。

誰かこの天上天下唯我独尊野郎をどうにかして下さい。
さっきまでのしんみりした空気を返せ、こんにゃろう。


ふと、会話が途切れてまた静かになった。またヒマになって今度は下を見てみる。
街灯に照らされた銀色と、闇の色に染められた藍色が混ざり合って何とも綺麗な雪が路を埋めていた。

ところどころ人の足型が残っている。踏まれた雪は固められて、新しい路になる。

誰も足を入れていない真っ白な雪にてんてんと小さな足跡があるのを見つけた。サイズから言って、きっと小さい子供だろう。よく見る光景だ。多分、誰も侵していない真っ白な雪路に自分の跡をのこしたかったといったところか。


そういえば昔、自分が小さいときもよくやった。誰も跡をつけていない、そのままの雪みちを、わざと自分の足跡をつけて歩くのだ。歩いているときは何故か楽しくて仕方なくて。そういえば雪が降っただけで大興奮だった。


思い出して少し可笑しくなる。ふふ、と笑ってしまった。
その笑いに気付いたナルが怪訝そうに顔を覗いて来る。顔が近くて驚いた。

「ゃ、あのね、昔私もよくやってたなって、ああいうの」
少し笑いながら言って、小さな足跡のついた雪を指差す。

「子供のころ、よくああして綺麗なままの雪だけを選んで踏んであそんでたんだ。今思うと何が楽しかったのか判んないけど、小さい頃は楽しくてしょうがなかったなぁ、て」


ふふふ、と笑いながら言うと、ナルは理解したのか、理解する気をなくしたのか、ふぅんと素っ気無く相槌を打ってもとの正面に向き直ってしまった。


それがちょっとつまんなくて、なんだかちょっとだけ寂しかった。



ああやって、私も雪の日、遊んでいた。はしゃいで調子に乗って、風邪を引いて。
・・・・・・・・・・お母さんに看病してもらっていた。

「懐かしい、なぁ。雪が積もった日は遊びすぎて決まって風邪を引いて、お母さんに迷惑かけてたっけ」


本当に懐かしい。熱を出して苦しかった時も、咳がひどくて動けなかった時も、お母さんは必ず私の傍に居てくれて、そして必ず優しかった。
頭を撫でながら微笑んで、手作りのおかゆを食べさせてくれた。
そのとき確かに私は「独り」ではなかった。



なつかしい。



もう絶対に、戻れない。



今だって、独りではない。綾子に真砂子にぼーさんに、ジョンに安原さんにリンさん。それに、ナルだっている。
きっと望めばどんなに忙しくても誰かが必ず来てくれて、風邪だって引けば必ず誰かが看病しに来てくれるだろう。だけど、家に帰れば、また独りだ。


「・・・・・・・・・雪は、好き。綺麗だし、優しいから。でも、雪の日の、何だか寂しい空気は、きらい」


凍えて、乾いて、中から冷えてしまいそう。

雪が降って、降って。世界に雪と私一人に、感じてしまう。


「寂しいなら、独りで居なければ良い」
ぽつりと、ナルが独り言のように呟いた。聞いてくれていたのか。とっくに私の話に関心などなくなっていたのだと思ってたのに。

「うん、昼間はね、寂しくないよ。みんなが来てくれるし、ナルもいるしね。でも、家に帰ったら次の日まで一人ぼっちでしょう?それは、ずっと慣れないんだ。しょうがない事だと思うけど、やっぱり寂しい」

苦笑いしてそう言うと、ナルもつられたように微苦笑を浮かべた。
その笑みがあまりに優しかったから、何だかあたしは心から暖かくなった。

「でも、大丈夫だよ。しょうがないよね〜孤児なんだもん!でも私って、孤児にしては恵まれてるよね、皆がいるし、こうして傍に居てくれる人も居る。それだけで結構幸せだなぁっておもうんだ!」
寂しいのは、本当。でも、幸せだなぁって思えるのも、本当だ。


家に帰れば一人でも、今はこうしてナルが傍に居てくれる。それだけで本当に、本当に幸せなのだ。
ただ、その幸せが終わって家に帰れば、私はひとりで。昼間が素敵な時間な分、寂しい時を際立って感じてしまう。



「何なら、僕の家に来るか?」




時間が一瞬止まった気がした。
何て言われたのか、上手く頭が働かなくて、考えられない。


「ぇ・・・・今、何て・・・・?」
ナルが微笑を深くした。
「独りで居るのが寂しいなら、僕の家に住めば良いと言ったんだ。」

私が驚きのあまり何も言わないのを拒絶だと思ったのか、そっとナルの大きな手が伸びて来て私の頭を軽く叩いた。
「言ってみただけだ」と、小声で言って、ナルの手が離れて行く。

それが何だか少し寂しくて、私は咄嗟にナルの手を掴んでしまった。
ナルが少し驚いた顔をして振り向く。


「めいわくに・・・なるかも知れないよ?わたしきっと、ナルの仕事を邪魔しちゃう」
本当に、いつの間にこんなに差が出来てしまったのか、頭いっこぶん高いナルの目をみつめながら言う。



きっと、ナルの家に住めれば。
今よりはずっと寂しくなくなる。
けれど、ナルの心に入ろうとしすぎて、ナルに嫌われてしまうかも知れない。

それだけがこわい。



「麻衣を・・・めいわくだと思った事はない」
また、ほんの少しだけど微苦笑を浮かべてナルが言った。


私がどんな顔をしていたのかは判らないが、ナルが再び泣く子供を宥めるように私の頭を軽く叩いた。
そして言う。



「かえるぞ」



ナルは、つめたいひとだ。
雪みたいに冷たくて、それでいて美しいひと。

そして・・・優しいひと。
粉雪みたいに私のこころに降り積もって、包み込むように私を抱きしめてくれる。



「うんっ!」


嬉しくて、おもいきりナルの腕に抱きつくと、うっとうしいという顔をされた。
けれど今は、そんな攻撃なんて効かない。しあわせでいっぱいだから。

へへへ、と笑って、ナルだいすき、と言うと、ナルは諦めたように溜息をついて歩き出した。




「もっと、積もればいいね、雪」
「何故?」
「もうちょっとつもれば、明日にでも皆で雪合戦できるよ!!」
「勝手にやってくれ、僕は遠慮する」
「そんな事いわないで、ナルもやろうよ〜」
「結構だ」




もう、ひとりじゃない、寂しくない。
あなたがいて、くれるから。







Atogaki

別段ローマ字で書く必要はないのですが(笑
初の短編小説ですー。これは、学校のテストを受けている時(おい)終わってひまだったので書いたものです。
以外と雰囲気と会話はすぐに想像出来たものでして、案外気に入ってます。
終わりのモノローグとかナルの台詞とか、ありがちですが・・・;;
これ以外浮かばなくて・・・許してくださいませ^^;

もっとナルと麻衣の自然なやりとりとか、言葉少なでも伝わる気持ちとか背景とか書けるようになりたいです・・・;;もっとナルは鬼畜で皮肉屋で意地悪ですよね。こんなに優しくありませんよね、優しすぎですよね;;
はぁ・・・精進致します(汗


2006/2/12 掲載