生きる理由を与えて、生きる意味を教えて

















「今、あたしたちが生きてるこの時間で、何人の人が死んでるんだろう」



彼女はそうぽつりと口にした。
珍しい彼女のそういう類の言葉に、パソコンの画面に文字を打つ手をぴたりと止めて、珍しく彼女の話に耳を傾けた。



「また、突然なにを言い出すんだ」
「今日ね、先生が言ってたんだ。人権とかの話の途中にね。今こうしてる2秒間に一人、飢えで子供が死んでいる、って」

彼女はやけに淡々と話す。でもその目は僕には向いていなくて。
彼女は部屋のはしっこに体育座りをしながら、ぱっと見れば呆けて、だがよく見れば考え込んでいた。

「こどもたちだけで、そんな数なんだよ?じゃあ人間全体だったら・・・って考えたの。そしたらね」
すごく、すごく怖くなった。と、彼女は呟いて、その顔を少しだけ、抱え込んだ膝に埋もらせた。
二秒間に一人。じゃあ、一分間に30人、一時間に180人・・・そう考えると、一日に何人か、なんて考えたくも無くなる。


「怖いことだよね。すっごくこわい。そして悲しい。悲しくて悲しくて、泣きそうになる」
本当に、今すぐにでもその瞳から涙が溢れそうな顔をしていた彼女を、黙って見ていた。
彼女は、他人の痛みをまるで自分の痛みのように受け止める。自分は制御が利くから良いが、彼女は自らその制御を望まない。
感じたこと全て受け止め、表そうとする。
だから悲しいのに。それでも彼女は頑なに、止めようとはしない。

掛けていたメガネを、静かに外した。



「きっと、生きる理由も意味も_____________・・・・・これから探す予定だったろうにな、って考えるの。」
まるで何も感じていないかのような静か過ぎる口調に、彼女が彼女で無いように感じられて、無意識に眉根を顰めた。



「ナルは、持ってる?生きる理由と、意味」
言って、やっと顔を上げて椅子に座る僕を見上げた。
麻衣の瞳が自分を捕らえたことに安堵する。



「ああ。持ってる」
本当は、よく判らない。
これが生きる理由なのか、正しいのかも。

ただ、自分が何故生きているのかと訊かれたら。





「霊を研究するため。」
下らない嘘を吐くと、彼女はいつものように笑った。
「ナルらしすぎるよ!」
やっと彼女らしい表情が見えて、意識もしないのにほっと息を吐いて安心していた。



「・・・悲しいことだらけだね、世界は。でもだからこそ、綺麗なものを綺麗だって感じられる」
およそ彼女らしからぬ意見。だがその意見には、僕も賛成だった。

「汚いものを知っているからこそ、綺麗なものも知れる」
そう。僕は汚いものばり見てきた。
自分に降り注ぐ悪意、他人の経験した悪意。浴びせられた悪意も、浴びせた悪意も。
汚れた人間たちを見てきた。知っている。だからこそ、太陽のように輝く彼女を綺麗だと思えたのだ。



僕の生きる理由を与えて、意味を教えてくれたのは、麻衣だ。





椅子から身体を起こして、はしっこに座る麻衣の前に立つ。
その姿を、彼女はしっかり捉えて、そしてふわりと微笑した。
______________その笑顔が。





「麻衣には似合わないな。そんな大人じみた発想は。100年早い。」
「なにをう!?あたしがまだ子供だってか!?」
「おや。違ったんですか。初耳です」
言いながらぐいっと麻衣の両頬を抓って横に引っ張る。

「あったたた、ギブ!ナルっ!離してぇ〜〜っ」
麻衣があまりに情けない声でそう言うので、離してやった。

もう、などと言って口を尖らせる彼女は、すっかりいつもの麻衣に戻っていた。
そう。それでいい。
泣くくらいなら。



「たしかに、世界では今まさに死を迎えている人間が沢山いるだろう。愚かな戦争は、まだ消えていない。だが________・・・・・彼らを弔う術を、僕たちは一つしか持たない。彼らの分まで、生きることだ。」

そう言えば麻衣は顔をあげて僕のことばに耳を傾ける。


「戦争をしないことが一番良いが、そんな簡単な話でもない。_____確かに果てしなく愚かなことだが_____僕らが一番し易くて、確かな弔いは、精一杯、亡くなった人たちの分まで生きることだ。違うか?」
麻衣に問いかけると、麻衣はぶんぶんと頭を振って、あたしもそう思う。と言った。


「じゃあ、とっととそのらしくない顔を元に戻せ。『麻衣らしく』精一杯生きろ。・・・・・『精一杯』の手始めに、ご飯でも食べに行くか?」
途端、麻衣がぱっと瞳を輝かせて、今日いちばんの笑顔でうんと頷いた。
僕もつられて微笑する。



「置いて行くぞ」




言いながらコートを手にとって、部屋を出た。焦った麻衣が急いで追いついてくるのを確認しながら、ゆっくりと、玄関のドアを開けた。











ハイっ訳判りません。
社会の先生が言っていた言葉に衝撃を受けたのを思い出しながら書きました。
シリアスなテーマで始めたのは良いけど、纏めが出なくて苦労しました。
意味判らない話でごめんなさい・・・;;読んで下さってありがとうございました!