他ノ人ナンテ見ナイデヨ




僕ダケヲ見テ、僕ノ為ダケニ死ンデ
















「ナル!!!!!!!助けて!!!!!」






甲高い、麻衣の悲鳴が聞こえた。

悲鳴だ

そう認知した瞬間、ナルは今までつけていたヘッドフォンを荒々しく外し、駆け出した。
悲鳴に気づいたメンバーたちも、ナルに一歩遅れて走り出す。



声のした方向はドアの向こう。
乱暴にドアを開けると、ベースの少し離れた、でもそう遠くない床に、麻衣が横たわっていた。



「麻衣!!!!!」
すぐさま麻衣に駆け寄り上半身を抱き抱えると、気を失っているのであろう、麻衣は目を閉じたままピクリとも動かなかった。
彼女の得意技の昼寝とは訳が違う、彼女の顔は青白かった。

後ろから、真砂子や綾子の短い悲鳴、ぼーさんたちの慌てふためく声がする。

「チッ・・・」
予測内、ではあったが予定外の展開に、ナルは思わず舌打ちをする。
何があった。どうして気を失ってる。まさかジーンか。それとも霊に気を持っていかれたか。
こんな床で横たわっている所を見ると、前者の確率は0に近しい。

考えを巡らすが、答えは出ない。彼女が目覚めない限りは何とも言えない。


そうこうしているうちに(時間にすればほんの数秒だが)仲間達が駆け寄ってきて各々麻衣の顔を覗き込む。



「気を・・・失ってるわね」
「麻衣・・・一体、何があったんだ・・・」
綾子が心配そうに言い、、ぼーさんが険しく顔を歪める。

「・・・あたしの、せいですわ。あたしが、麻衣を危険と分かってて一人にしたから」
真砂子が今にも泣き出しそうな顔で声を絞り出すと、ぼーさんがふわりとその黒髪を撫でた。
「譲ちゃんだけのせいじゃねぇ。分かってて一人になった麻衣も悪いんだ。そう気にすんな。」
ぼーさんが苦笑し、真砂子の頭から手をどかすと、真砂子は更にくしゃりと顔を歪ませた。

「ですが、これでこの家の危険さは改めて実証された。誰も、一人にならないよう注意して行動して下さい。」
ナルがいつもよりも鋭い目つきでそう言うと、空気が引き攣ったように緊迫した。
その時。




ぱちり、と、麻衣の瞼が開いた。




「麻衣」
ナルがいち早くそれに気づき彼女の名前を呼ぶと、メンバー全員が麻衣を見た。

「気がついたか。麻衣」
彼女が瞳を開けてくれたことに、安堵する自分を見つけて苦笑する。
まったく、いつの間にこんな自分になってしまったのだろうか。

麻衣は、そんなナルを凝視しながら目をぱちくりさせている。寝ぼけているのだろうか。

「おいおい、麻衣、大丈夫かよ。」
「心配したわよ、麻衣」
「谷山さん、大丈夫ですか?」
「どこかお怪我はありませんでっしゃろか。」
「谷山さん、一体何があったのですか」

皆が一気にまくし立てるので、麻衣はあ、うん。え?大丈夫!などとおろおろしながら返答をする。

「麻衣・・・ごめんなさい。わたくしが、麻衣を一人にしたから」
顔を翳らせて言う真砂子に、麻衣は真砂子の手をぎゅうと握った。
「真砂子のせいじゃないよ。あたしがドジ踏んだだけ。全然大丈夫だし、気にしないで」
そう言うと、真砂子は小さくありがとう、と言って笑った。


「あの・・・さ、ひとつ聞いてもいいかな。」
麻衣が、気まずそうにぼそりと口にした。






「この人・・・誰かな?」
そう言って彼女が指を指した方向にいたのは、まさしくナルだった。









「な・・・」

麻衣は、何を言っているのだろう。
自分のことを、知らない?


「何言ってんのよ、麻衣。頭打ったの?」
「谷山さん?所長ですよ?」
「さいです。渋谷一也さんどす。」

「渋谷・・・一也?所長?何言ってるの?皆」
麻衣は眉間に皺を寄せている。まるで、本当に分からないとでも言っているのかのように。
「麻衣?ナルですわよ。貴方の恋人の。」
真砂子が、怪訝そうにそう諭すと。

「・・・・・恋?恋人っ!!?あははは!!!そ、そんなわけないじゃーん!!!意味分かんないよ!
言うに事欠いて恋人!?こーんな綺麗な人と、なんであたしが恋人なのさ!初対面だよ!?苦しすぎる嘘やめてよー!」

数テンポ置いた後、麻衣から出た言葉はこれだった。
麻衣はと言うと、この人に迷惑だよー!などと言って笑っていた


・・・・・・・・・・・『初対面』
はっきりとそう、断言された。
そして恋人ではない、と当たり前のように否定された。それはそうだ。だって彼女にとって、自分は『初対面』なのだから。
何かがあったのだろう。“アイツ”に、誰かに、何かをされたのだ。
そうと分かっていても、認めたくない。

自分を忘れた、だなんて。



「麻衣。信じられない気持ちはよーく分かる。だがな、こいつはお前の 彼氏 だ。」
ぼーさんがナルを指差しながら言う。
麻衣は、暫くぼーさんの言葉を味わうように瞳を見開いてぼーさんを凝視していたが、突然慌ててきょろきょろし始めた。
「な、なに?この真剣な空気は。みんななんで真顔なの!?まさか、本当に・・・」
信じられない、というように目を真ん丸くする麻衣。その言葉の続きを肯定する言葉を、ナルは口にした。
苛立ち半分、八つ当たり半分。



「申し訳ありませんね、谷山さん。面識のない人間が『恋人』で。」





さあ、どうやって取り戻そう。













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