コロセ コロセ コロセ



殺シテ華ヲ咲カソウ

殺シテ華ヲ見ヨウ












闇ノ中デ妖シク咲キ誇ル 華ヲ
















ぎい、と、音を立てて開いた扉の先にあったものは。





紅い、狂気を含んだ、あの_______________・・・・・・・








(アイツ、だ・・・・!)
血走った目、ぎらぎらと鈍く光る眼光。紛れもなく、夢で見たあの瞳だ。
体中が戦慄いた。ともすれば足はがくがくと笑っていたかも知れないが、視線も意識も全てがその目に集中して、自分がしっかり立てているのかも判らなかった。

ぎょろぎょろと忙しなく辺りを見回していた目が、ぴたりと麻衣を捕らえた。
ごくり、と生唾を飲み込んだが、喉はカラカラのままだった。


(危険、だ。コイツにこれ以上近付いちゃ、イケナイ。)
じり、と一歩、気付かれない程度に右足を後退させたそのとき。




狂気の瞳が、にぃと歪んで、     笑った。










何かが身体を駆け抜けた。それは嫌悪だったかも知れないし、恐怖でもあったかもしれなかった。
とにかく何か不快なものが足のつま先から頭の旋毛まで走って、麻衣は箍が外れたように、床を蹴り上げて駆け出した。





(怖い。怖い怖い怖いコワイ______!!!!)
二階の階段を駆け上がったが、自分がどこにいるか検討もつかない。とにかく逃げなければいけない。逃げなければ死ぬ。それだけが判った。
まるで世界が止まったかのように、聞こえるのは自分の動悸と呼吸音だけだった。


逃げろ。逃げろ。逃げろ____・・・・・

階段を駆け上がったら、廊下が現れて、扉が見えた。ベースだ。
みんながいる・・・ナルがいる。そこに、逃げ込まなければ_____・・・・・・・

まるで短い廊下が果てまで続いているかのように感じられた。
もうすぐ、もうすぐ、あと手を伸ばせば、ノブに届く______・・・・・・・






逃ガサナ、イ







ぬるりと何かが右足首を触った。それが凄い勢いで足首に巻きついて、グンと引っ張った。
(!!!!!)
身体が、沼か何かにでも入り込んだような感触。まさか。下は床____
‘アイツ’が、いる・・・!!?

反射的に下を見ると、まるで井戸のような、暗く、果ての見えない漆黒の穴の真ん中に、女の人がいた。
それは犯人とは全く違う、泣きそうな顔をした・・・綺麗な人だった。但し、顔半分はぐちゃぐちゃに潰れていたが。
その瞳は今にも涙を溢れさせそうで・・・一瞬、抵抗を忘れた。

その不意打ちを突いて、女は巻きつけた縄状になった「腕」で、麻衣を物凄い力で引っ張った。
「あっ!!」
____そうだ。見かけに騙されては、いけない・・・!
私がココでヘマをしたら、みんなにも迷惑がかかる___!!!
麻衣は持てる限りの力で自分の身体を穴から持ち上げた。
だが見かけからは想像も出来ないほどの力で抵抗される。

(この人は、誰なんだろう・・・・)
必死に抵抗しながらも、そんな考えが頭に浮かぶ。こんな若い人が、お母さんな訳がないし、第一写真で見た人でこんな人はいなかった。
では、誰______?


グッ、と引っ張られた。踏ん張っていた手が床を離れて、すごい勢いで穴へと身体が引きづられる。

駄目だ。落ちる_____!!!!!!!!





「ナル!!!!!!!助けて!!!!!」
反射的に出た叫びが、ナルに届いたことは判った。
視界は真っ黒で染まってしまってすぐに、扉が開く音がしたから。








急降下していく。
現実ではないであろうに、そんな感覚だけはあった。でも、時間の経過を感じるにつれて、不思議と恐怖は徐々に無くなっていった。
麻衣の足首を掴んだまま一緒に落ちていく女に、殺意は感じられなかったから。
段々と遠くなっていく、丸く切り取られたような床を不思議な気持ちで見つめながら、ふと、戻れるんだろうかと思って怖くなった。





ゴメンナサイ__________




いつの間にか足首の手は外れていて、落下の速度が急激に遅くなった________もしくは速度の感覚が無くなる位速くなった_____せいか、
女は麻衣の隣まで浮上して来ていた。
それなのに、謝り続けるその声は、どこか遠い。
女は顔を両手で覆ったまま、壊れたビデオテープのようにただ謝罪の言葉を口にする。
その声には時々嗚咽が入り混じっていて、聞いている方が悲しくなってくる。
「あなたは、だれ?」

「ごめんなさい」
遠くに感じられていた女の声が、急に近くなった。
「ごめんなさい。あの人の命令なの。ごめんなさい、ごめんなさい」
本当に切なそうに、嗚咽を漏らして言う女の人に、こちらが悪い気さえしてくる。
「あの人って、だれ?」
「あの男は怖い人なの。恐ろしい人なの。逆らえないの、ごめんなさい、ごめんなさい_____」

漆黒の闇に、姿は見えない女の人の声だけがいやに響く。
どこに向かって言えばいいのだろうなどと思いながら、声がした方に向かっていってみた。

「何を謝るの?」





「あなたの、一番大切な人を、あなたから消すから。」

え。と麻衣が声に出す前に、彼女の両手が麻衣の顔を覆って。






麻衣の意識はそこでぷつりと、  途切れた。













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