逃ゲテ、逃ゲテ、逃ゲテ____________________________・・・・・・
アイツニ、捕マル前ニ・・・・・・・・・・・・・
逃ゲテ
「麻衣」
今、あたしは、正直それどころじゃなくて。
あたしはこの、重い重いカメラを一人で設置するので精一杯なわけでありまして。
「麻衣」
慣れてるけど、やっぱりめちゃくちゃに重いこの機材を、一人で運ぶのはとても骨が折れる作業でございまして。
「麻衣っ!!」
「ハイハイハイはいぃっ!なんでございましょーかっ所長様!
だから、用があんならそっちから来いよな!!
・・・・なんて、しがない雇われの身では言えるはずもなく。
あたしは仕方なく作業を中断して、あたしを呼ぶナルの方へ足を向けた。
「なに?」
「麻衣。奴は本当に、夢の中にも現れたんだったな」
「犯人かどうは判らないけど、ね。」
頷きながら言うと、ナルは顔を顰めた。
「厄介だな・・・夢の中にまで現れる事が出来るとなると、今回の事件は、麻衣はあまり寝ないほうがいい」
「ぇえー?」
あたしの力なんて、寝ないと意味ないに等しいのに。
そんなことしたら、あたしは正真正銘のお荷物なんじゃあなかろうか。
「あたし、それでしか役に立てないよ」
それ以外は、本当に雑用しかできないし、万一逃げ遅れでもしたら、どれだけ足を引っ張るか知れない。
まぁその力も、ジーンあってのもので、あたし自身の力ではないのだけれど。
「覚えておけ。今回の事件は、お前の命が最優先事項だ。」
およそナルらしからぬ、弱気ともとれる発言にあたしは顔を上げた。すると、苦笑したナルと目が合った。
「・・・・・お前が家にいて、安心ならとっくにそうしてる。そうは出来ないから、お前はここにいる。
_____________________心配したと、言っただろう」
ナルが。
ナルが優しい。なんて珍しいことだろう(失礼だけど)
あたしはその言葉に素直に頷いて、うん、と了解した。
だけど、所詮ナルはナルでした。
「・・・・・・だが、その分役に立って貰うからな」
へ?
ナルの顔を見上げれば、さっきの苦笑は夢か幻だったのかと思うほどの麗しい笑顔を浮かべていた。
「いつもの倍以上、こき使うぞ」
言ってナルは黒衣を翻して、とっとと作業を再開してしまった。
・・・・・・・・・・・ナルが優しいなんて思ったあたしが、バカでした・・・。
あたしはがっくりと脱力して、遠のいていくナルの背中を睨むことしか出来なかった。
********************
「どう?真砂子」
「やっぱり・・・変わりませんわ。ナルや滝川さんの仰るとおり、活動は夜にしか行わない・・・いえ、行えないのかもしれませんわね・・・」
家の中を周りながら、霊視をしていた真砂子にあたしは近付いた。
やっぱり霊視の結果は、第一印象と変わらないらしい。
「でも・・・まだ拝見していない所があるんですの。・・・・・・麻衣が目を見たという、居間なんですけれど。
・・・いるとしたら、そこかも・・・知れませんわ。麻衣は絶対に近付かないで」
心配してくれてる。
そのことが嬉しくて、ほわり、と頬が緩んでしまう。
「うん。気をつける」
「・・・説得力の無い顔ですこと。いい?あなたが一番危険なんですのよ?判っていらっしゃる?」
真砂子がキッとあたしを睨む。何だかお母さんみたいだ。
ふふっ、と笑うと、真砂子は呆れたように溜息を吐いた。
「真砂子、何か綾子みたいだよ?」
笑いながら言うと、
「あのような野蛮な方と一緒にしないで頂きたいですわ!」
と、怒ってぷんとそっぽを向いてしまった。
それがまた可笑しくて、可愛くて、再び笑みを零してしまう。
真砂子が、調査の場に相応しくないとも言えるその空気を払うような声色で、ただ、と言葉を発した。
「微かですけれど・・・他の霊の気配も感じるんですの。」
「それ・・・は、どういうこと?」
空気がぴりりと張り詰めた感じがした。
他にもここで殺された人がいる・・・てこと?
でもそんなこと聞いてない。
真砂子が神妙な顔つきで言った。
その顔を見て、あたしも知れず緊張する。
「・・・僅かな気配ですの。もしかしたら違う所から偶然来た浮遊霊、かも知れませんわ。
でもそうじゃないなら・・・ここで他にも殺された人がいらっしゃるか・・・」
「それとも、・・・・・犯人が霊を集めている、か」
真砂子の言葉をあたしが繋ぐ。
集めているとしたら、どうして・・・?
あたしをつかまえめため、あたしの周りにいる「邪魔者」を排除するため・・・?
ぞくり、と背筋が震えた。
「・・・・・そうと決まった訳ではありませんわ、麻衣。決め付けるのはまだ早合点ですわよ。」
真砂子があたしの恐怖を感じてか、宥めるように微笑した。
それに心なしか安堵を覚えて、そうだね、と言葉を零した。
「安原さんの情報が必要ですわね・・・あたくし、ナルに報告して来ますわね」
言って真砂子が優雅に、着物を着ている人独特の小股で、すすす、とあたしの隣を通り過ぎて言った。
他にも霊がいる。
そしてそれは、もしかしたら________________・・・あたしたちを『捕まえる』為に用意された、罠かも知れないのだ。
恐怖と不安が一気に身体を駆け巡ったけど、あたしはその考えを振り払うように頭を振った。
あたしがしっかりしなくちゃ。みんなの足を引っ張ることは、してはいけない。
気を取り直して、あたしはポケットの中に入れていた携帯電話を取り出した。
折りたたみ式のそれを片手で開くと、ぱちん、という音がしてディスプレイが現れた。
画面には、<2:35>の表示。
まだ12、1時な気分だったのに、時が経つのは早いものだ。
調査に入ったのはたしか10時くらいだったはずだから、もう4時間以上も経っていたんだ。
多少の機材の設置と他愛ない話だけで、こんなにも時間がかかる。
でも、あいつが動き出すまでにすくなくともあと4時間以上はある。
あたしに出来ることを、頭の中で想像して。
やっぱり書類整理やらお茶汲みやらしか出来ないなぁと溜息をつきながら、宛てもなく歩いていたら。
あの居間の入り口のドアの前に____________________・・・・・・あたしは立っていた。
(そんな。何で。あたしはここに来るつもりなんか、無かったのに______・・・)
思わぬ展開に、焦燥に駆られてまさか犯人が、なんて思考が出てきたが、まさか。とその考えは一瞬で葬られた。
まだ昼だ。夜までには、何時間もあるのに____________
だがその考えが、あながち外れていなかったことを、あたしは知った。
ぞくりと体中が粟立つ感触がして、第六感が激しく警鐘を鳴らしているのを感じた。
とにかくここから一歩でも離れなければ。
じり、と一歩ずつ足を動かして後退するが、視線がどうしても剥がせない。
(判りませんわ。まだ、姿を隠しているだけなのかも。)
(でも・・・まだ拝見していない所があるんですの。・・・・・・麻衣が目を見たという、居間なんですけれど。
・・・いるとしたら、そこかも・・・知れませんわ。麻衣は絶対に近付かないで)
真砂子の言葉が脳裏を過ぎった、そのとき。
きぃ。
とびらがひらく、おとがした。
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