今度コソ、逃ガサナイ・・・・・・・・・・・・






あたしはソレ≠ニ、目が合った気がした。



















プツン、と砂嵐が消えたと同時に、いつもの小林家の玄関が画面に映っていた。
それでもあたしの耳と目には、さっきの場面が張り付いていて。


「・・・今度≠アそ・・・・?」
ぼーさんが顔を顰めて呟く。ぼーさんにも聞こえていたんだ。いや、みんなちゃんと聞こえていたみたいだ。
みんなの顔が、険しい。
「音声にも、同じ言葉ばかり入っています。「今度こそ逃がさない」と」
リンさんも続いて呟く。
確かにおかしい。何故「今度こそ」なのだろう。前に失敗した相手はきっと夏希さんのことだ。
では今度の「標的」は_______________?



「犯人は、麻衣が狙いなのかもしれない」
ナルが、いやにしっかりした声で言った。みんなが驚きの色を隠さずにナルとあたしの方を向く。

あたしも、それなりに驚いた。けれど、心のどこかで「やっぱり」と思う自分が居る。
だから、というかなんと言うか、ショックはあまりない。
ただ、自分はちゃんと逃げられるだろうか?という不安が、じわりと身体を支配していく。


「どういうことよ、ナル」
「そうですわ。どうして、麻衣なんですの?」
真砂子と綾子の問いに、ナルは一層顔を険しくして溜息を吐く。
「麻衣は、この事件の依頼が来るその日の朝に、夢で視ていたんだ。この家を。
・・・・・・・・・・・・それに先ほどのビデオ___________・・・・あれは明らかに、・・・麻衣を見ていた」


皆がいっせいに沈黙した。少し青ざめているようにも見える。
ずくりと、呼吸をするのに合わせたように痛みが頭を貫く。


「何か________・・・麻衣を新たなターゲットにする何か理由≠ェ、麻衣に当てはまったんだろう。
姿形が似ていた、声が似ていた、髪の毛の色が同じだった・・・きっとその程度の理由だ」
ナルがそう言うと、安原さんが何かを思い立ったように、自分の荷物を漁り出した。

「どうした、少年。何か__________・・・・・」
「あった!!」
安原さんが何かの資料を引っ張り出して言った。
その資料をバラバラと捲りながら、ぶつぶつと呟く安原さんは、ちょっと不気味。
「これじゃない・・・ちがう・・・・・・あった!」
言うと同時に安原さんがハッと瞠目した。手には、少し古くなった写真。


「当時の・・・夏希さん・・・・顔も、髪のながさも、谷山さんに、よく似てます」
ぼーさんが素早くその写真をひったくる。すると間も無くぼーさんも瞠目して驚いたので、あたしも慌てて近付いた。
ぼーさんの横からその写真を覗き込むと、家族全員が写っていた。

左にお母さん、右にお父さん、真ん中に、夏希さん・・・その下に、小さい女の子・・・夏望ちゃんがいた。
家族みんな、幸せそうな微笑みを浮かべている。


「ほんとだ・・・・・」
真ん中にいるのは、夏希さん・・・だろう。けれど、それはぱっと見れば、あたしに見間違えてしまうほど似ていた。
髪の毛の長さ、身長・・・顔の造り。あたしは夏希さんほど美人ではないけれど、確かに・・・

「・・・似てるな」
ぼーさんが、あたしをチラリと横見しながら呟いた。

「夏希さんから、何かの参考になるかも知れないということで頂いたのですが・・・」
確かにこれじゃ間違えるのも判るな、と安原さんが呟いて、もう一度あたしと写真を見比べた。



「・・・・・・・・・だとしても、麻衣一人が危険なんじゃない。みんな危険なんだ。夏望ちゃんが言っていた事が確かなら________・・・・
麻衣が一番狙われるのは確実だろうが、麻衣を捕まえる≠フに邪魔な僕らも、『殺し』の対象だ」

ナルが腕を組んで淡々と話す。心なしか、苛々しているように見えた。薄く、眉間に皺が寄っている。
「じゃあ、ナル坊。麻衣は、今回は抜けた方が良いんじゃないか。」
「!」
反射的に、ぼーさんの服の裾を強く握っていた。
「そんなの、ヤだ!」
「お前な・・・お前が一番危険なんだぞ?ヤツはお前を殺しにやってくるんだ。」
ぼーさんが呆れたように言う。だけど・・・
「でも!あたし以外が危険なことには、変わりないじゃない!あたしに、というか夏希さんに一番執着してるかも知れないけど、
あいつは理由もなく人を殺してるんだよ!そんな中で、あたし一人安全なのはいやだ!」

みんなが、生きるか死ぬかの戦いをしてる中で。
あたし一人安全なところで、心配してるだけなんて耐えられない。


そんなのは、絶対、嫌だ。



「お前なぁ・・・」
ぼーさんが、呆れと心配を込めた目でこちらを見つめてくる。でも、あたしは必死にぼーさんの裾を掴む。
みんな危険なのに。運が悪かったら、なんてこと考えたくないけど・・・それほど危険なのに。

それだったら、あたしにも、こんなあたしにも何か、出来ることもあるかもしれない。




「・・・・・・・・・・だ、そうだ。ぼーさん」
ナルが、諦めた様に、溜息と共に言った。
少なからず不服そうではあるけれど。
「・・・・・・何だ、ナル坊。じゃあお前さんも、麻衣をここに残すのに賛成するワケか?」
ぼーさんがじろりとナルを睨みつける。ナルは少し肩を竦めた。
「麻衣が言い出したら聞かないことくらい、ぼーさんも知っているだろう」
「・・・麻衣が危険でも良いってのか!?」

ぼーさんが耐えかねたように声を強めた。多くないぼーさんの心からの怒りに、あたしは身体を強張らせる。

「お前・・・それでも麻衣の恋人かよ」
「誰も危険のままでいいだとは言っていないだろう」


ぼーさんはナルの逆鱗に触れてしまったようで、ナルの声が対抗するように強まり、眉間の皺が深くなった。
部屋の温度が一気に下がった気がするんですけど。


「言っただろう。麻衣は夢を見たと。それはまだこの依頼が来る前だ。
つまり、まだ接触を持っていない段階で、相手は既に麻衣を知っていた事になる。
つまり、あいつは地縛霊ではない。どこにでも動けるという事になる。
そうなると、ここにいようが家にいようが、あいつは麻衣を追ってくる。
現に、麻衣は正体は判らないが夢の中で霊に連れて行かれそうになっている。
その霊が犯人でないと言えるか?家にいれば安全だと?」



このナルの凄まじい捲り上げに、ぼーさんは言葉もなく唖然としていた。
いや、ぼーさんだけでない。皆がナルの珍しいマシンガントークに呆然と口を閉じれないで居た。
あたしも例外ではなかったけれど。


「・・・・・・それなら、皆揃っているここに居た方が安全だろう?『護る』ことが出来る。だが家にいたらどうだ?まるで手薄だ。誰もいないのだから。
・・・・・・・・・・・・・・・・・判って頂けたでしょうか、滝川さん」


ナルが言い終えてぎらりとぼーさんを睨みつけると、ぼーさんは凍ったように身体を硬直させて「ハィ・・・」と呟くしかなかった。

その呟きを聞くと、ナルはくるりと身を翻して再び仕事に戻った。



「久しぶりに身の程しらずな事言っちまったな・・・あいつが何も考えて無いわけ、ないよなぁ・・・」
ぼーさんが参った、といいながらぽりぽりと頭を掻いた。
あたしも正直驚いた。ぼーさんの怒りにも。ナルの舌の回りにも。

「しかし・・・あいつ本当は、ちゃんとお前のこと心配してんのな」
ぼーさんがあたしを見てにやりとすると、お父さん少し安心したわ〜と言って頭の後ろで手を組んだ。
「どゆこと?」
「ん?ちゃんとお前の安全を第一に考えてるからさー。あいつ最近ずっと、眉間にしわ寄せてるしな。・・・・ま、大体いつもか、それは」

・・・・・・・・・・なるほど。
昨日も聞いたけど、なんか他の人からも言われると・・・違う感じでまた嬉しいんですけど・・・っ
顔がちょっと火照った感じがする。ぼーさんがそれに過敏に反応して口を尖らせた。

「ナル坊のくせによ〜・・・麻衣、まだお嫁に行かないでくれよ。ましてや出来ちゃった結婚なんて、お父さんは許さないかんな」
「ぼーさん・・・夢見すぎ。戻ってきて。ちょっと涙浮かべながら言わないで。」
「娘・・・冷たい」


ぼーさんは少し鼻を啜って、ナルちゃんに謝りにでも行くかーなどと言って、ナルの方へ歩いていった。
余計なこと言ってまたナルを怒らせないでよね・・・


「いやービックリしたわ」
綾子がそそくさ近付いてきて言った。
「ナルが怒ったこと??ぼーさんが怒ったこと??」
「どっちも慣れてるわよ。・・・・ナルの言ったことにね。あそこまで考えてると、惚気に聞こえてくるわ」
綾子さんも、そこですか・・・・なんか恥ずかしくなってきた。
「それよりもね。あんたが危ないのは変わらないんだから、ホントに注意しなさいよ。」
「そうですわ、麻衣。気を引き締めてくださいまし。」
いつの間にか隣に来ていた真砂子に驚きつつ、「うん、判ってる」と言って笑った。





ぼーさんの発言に、ナルの発言の嬉しさに、いつのまにか緊張が解れてしまっていたのかも知れない。





「大丈夫だ」と。過信しすぎていたのかも知れない。







その後、あたしが、あたしたちが、どれだけ危険なのかを、あたしたちは身を以って知る事になる。




















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