逃ガサナイ。
逃ガサナイ___________________________・・・・・・・・・・
今度ハ。
次の日。
あたしたちは、二つの車に分かれて小林家に向かっていた。
安原さんとジョンも仲間に加わって、全員集合というわけだ。
リンさんの運転する車には、ナルとあたしと安原さん。
ぼーさんの運転する車には綾子と真砂子とジョン。
あたしたちの車の中では、安原さんの調べて来た情報を、(主にナルが)吟味していた。
「あの家で亡くなったのは、父 小林 良平さん52歳と、母 小林 園美さん49歳、そして娘の小林 夏望ちゃん9歳ですね。
死因は出血死、ショック死。凶器は刃渡り7センチの包丁で、滅多刺しですね。
なかなか大きく新聞にのっていましたし、結構有名な事件みたいです」
安原さんが、顔を少し歪ませながら言う。
一言一言聞くたびに、ずくりと、頭と心に痛みを感じた。
「犯人の名前は、小笠原 栄治 おがさわら えいじ。男性。当時23歳です。
犯行の動機は、『腹が立っていたから』。人を殺したくて、しょうがなくて、たまたまその家が目に付いたので犯行に及んだ、だそうです・・・。」
言葉もありませんね。と、安原さんが軽蔑と嫌悪を露にして顔を顰める。あたしも同意見だ。
言葉もない、とは少しちがう。どう言葉にすれば判らないのだ。
この嫌悪感に、憎しみにも似た衝動。
理由があれば良いというものでは決してない。が、『腹が立っていた』?そんなふざけた事で、人間の、しかも三人もの命を奪って良い訳が無い。
あたしは、無意識に手を握り締めていた。手が真っ白になるほどに、強く。
「何度見てもムダにデカいんだから、ここは」
綾子が車から降りて、仁王立ちで旧小林家を睨みつける。
「まぁ、ウチには敵わないけどね」
ほほほ、と綾子が満足げに高笑いしたのを、わざとらしくスルーして。
「ぼーさん、運転おつかれさまー」
てとてと、と側にいたぼーさんに近づく。ぼーさんも、わざとらしく溜息を吐いて答える。
「おうとも。とんだ小姑がいたもんだからよ。うるさいのなんのって」
「ちょっとっ!その小姑ってのは誰のことよ!」
「だぁーれも綾子サマとは言ってませんことよ?」
うがぁと食いついてきた小姑綾子に、今度はぼーさんがほほほと高笑いをした。
ぼーさん、あたしと同じこといってら。やっぱり親子だったりするんだろーか。
ははは、と乾いた笑いを漏らせば、隣にいた真砂子もそう思ったのだろうか、意味深な目でちらりとあたしを見てきた。
「なぁにぃ?」
「いいえ・・・何でもございませんわ」
真砂子がお上品にぷいっと顔を背ける。イヤミを言ってこない?機嫌がいいのだろうか。
「何?機嫌良いね?あ、愛しのダーリンvがいるからかーv」
うしし、とからかってやると、面白いくらいに食いついてくる。
「ですから・・・っ!」
「あーハイハイっと。安原さんは関係ないものねーっv」
にこにこしながら言ってやれば、真砂子は顔を紅くして睨んできた。
「真砂子顔まっか!」そう言ってからかおうとしたが、ジョンがイタイ一言を。
「あれ。麻衣さん。ここ赤くなってはりますよ。」
つん、とジョンがあたしの首筋をつつく。
首筋?
「・・・・・っ麻衣」
真砂子の顔がみるみるうちに真っ赤になる。
まさか!!!!!!!!
勢いよく首筋を手で隠すと、ジョンが虫さされでっしゃろか、と的ハズレなことをぼやいている。
な・・・ナルのばかぁぁぁぁあ!!!!!!
だからこんなとこにつけんなって・・・・!!!!
「麻衣、早く来い!何をしている!!」
ああ、もう!!
「・・・・・・・・天罰ですわよ」
家に入れば、据えたような古臭いにおいが鼻をついた。きのうとなんら違いのないこの家は、もう二度と時を刻むことは無い。
「リン。きのうのビデオに何か変化はないか」
ナルがパソコンの前に座っているリンさんに低く問いかける。
リンさんがつけていたヘッドフォンを取り、頷いた。
「ビデオにも音声にもしっかり反応があるようです。ご覧になりますか」
ナルが無言で返事をすると、リンさんはテレビの電源を吐けた。
ぱっとテレビが映し出したのは、玄関の廊下。夏希さんのお父さん________良平さんの倒れていたところだ。
居間につづくドアのすぐ隣に、なにか黒いぼやけたものが映っていた。
「__________________________!!!!!!」
真砂子が顔を蒼白にして、口に手を当て声にならない叫びを上げた。
まさか、この黒い靄(もや)は。
その黒いぼやけたものに、手らしきものがあるのに気が付いた。
ずくん、と頭に激痛が走る。
「おいおい・・・ずいぶん歓迎されてるみたいだぜ」
ぼーさんが焦りに近い声を出した。あたしは、その手らしきものに、光る何かが握られているのを見た。
包丁だ。
『凶器は刃渡り7センチの包丁で、滅多刺し______________・・・・・・・・・』
では、この影は。
ずくりと、もう一度痛みが頭を貫いた。
「早々、大将のおでましですね」
安原さんも、珍しく焦ったような声色だ。
「・・・・・何だか、影のまわりの黒い何か・・・広がってませんですやろか」
ジョンも、少なからず緊張したような声で言った。あたしはその黒い靄を凝視した。
本体、というのだろうか。一番黒い、人のような形をしたその黒い靄から、白いシーツに落とした色が染まっていくように、
空間に、壁に、床に。その靄が浸食して行って、黒い部分が広がっていく。
「・・・・・・っ!!!!」
真砂子が、耐えかねたように、あたしの服の裾を力いっぱいにぎる。
あたしの身体には、理由のわからない汗が伝っていた。
黒い靄が画面いっぱいに広がったその瞬間
その『本体』が、ゆっくりと顔をこちらに向けた。
瞳は、狂気と血に塗れた、『あの目』だった。
突然の砂嵐の騒音と共に、耳を支配した小さな呟きが、あたしの身体を硬直させた。
今度コソ、逃ガサナイ___________________________・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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