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「失礼致しました。・・・・・・ご依頼ですか?」



ナルが依頼人の反対側のソファに、向かい合わせに座った。

お茶は、私の代わりに安原さんが淹れてくれたようだ。
その安原さんは、ナルと入れ違いに客室を出て行ったらしい。


私はナルの座っているソファの隣に立ちながら、未だ余韻の残る頭痛と吐き気と戦っていた。



「所長さん・・・です、か」
「そうです。僕がここの所長、渋谷一也と申します。」
ナルのような若い人間が事務所の所長と訊くと、依頼人の二人は顔を見合わせて驚いていた。
そして、ナルの目を見張るような美しい造形にも驚いているようである。



「本題に、入りましょう。」


ナルは慣れたように溜息を吐きながら言う。
私はまだ残る頭の痛みを感じながら、必死に依頼人の話に耳を傾けた。


「松原 夏希
まつはらなつき と言います。」

夏希さんが言って、ぺこりと頭を下げた。
慌てて私も頭を下げ、ナルも続く。


「彼は、小林 敦
こばやしあつし です。私の婚約者です」
夏希さんが、少し頬を緩めて嬉しそうに紹介すると、敦さんもすこし笑って頭を下げた。



「・・・・・婚約も決まってよろこばしいはずのあなた方に、何があったのかと訊いてもよろしいでしょうか?」


ナルが凛とした声で冷たく言う。
頭痛が少しずつ悪化していくように感じるのは、気のせいなのだろうか。




「私の父、母、妹は、7年前に殺されたんです。」



夏希さんが悲しそうに呟く。
長い髪がふわりと揺れた。




「私はその日丁度部活で遅くなって・・・帰ってきたら家中血まみれでした」
夏希さんは、顔を背け、表情を歪めつつそう言った。



あたま が、いたい。



「家族を家中探し回ると、ズタズタにされた父を見つけました。」
思い出しているのだろう。痛そうな、辛そうな表情だ。
敦さんが、そっと夏希さんの肩に手を置く。



はきけ が、す る。





「辛うじて生きていた父が、消えそうな声で言ったんです、____________逃げろ、って」





逃げろ________________________・・・・・・・・・




逃げ ろ





「私も、本能に思ったんです。逃げなくては、と。玄関に走って、ドアを開けようとした瞬間、ドアが少し開いた音がしたので振り返ると、犯人が、私の5メートルほど後ろにあるドアから・・・・・少し顔を覗かせて、私を見つめていたんです」




きぃぃん、と、耳鳴りが耳を貫く。
足元がふらつく。




「犯人は、ぎらぎらした、血走った目で私を見ました。犯人の居たドアが開いたので、私は無我夢中で走りました。私、いまでもあの目が忘れられなくて____________・・・・っ」
夏希さんが、両手で顔を覆った。敦さんが夏希さんの両肩をさすっていた。


「私は、運良く近くの家に逃げ込む事が出来て、犯人から逃げ切る事が出来ました。
そのあと、私は犯人の顔を見ていたので、警察に電話をして、犯人は捕まり、死刑に、なりました。」

夏希さんがすこし顔を上げ、はぁ、と溜息を吐いた。
苦い思い出を、過去を、息と一緒に吐き出すかのように、長く、深く。


鼓動が速く、速く脈打つ。
息が荒くなる。




くるしい     くるしい    くるしい





「それから、私はどうしても、怖くてあの家に近づけないのです。犯人に見つかってしまう気がして・・・。あの事件以来、家の近くに行くと、必ず頭痛がして、吐き気がして、耳鳴りが酷くなるのです。
それは一時的なもので、家から離れれば良くなるのですが、もうじき結婚なので、家族には成仏して、私たちの結婚を祝福して、見守っていてほしいのです。
どうか・・・・・家族を、救ってあげてください________________・・・・・・・・・・・」



私には、その夏希さんの言葉を最後まで聞く事が出来なかった。



ひどい頭痛。嘔吐感。眩暈。急かすような耳鳴り、荒くなる呼吸。


もう限界だった。




視界が大きく歪み、真っ白になる。

身体の力が一切抜けて、その場に崩れ落ちた。


ナルの、腕が、抱きとめてくれた気がした。






「_________________________・・・・衣、________まい、・・・・________・・・・・麻衣!」




呼んでる・・・・。

だれかが  私を・・・・







だれ・・・・・・・・?