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「ここです」




敦がそう言って指差した先は、野放しのまま放置された草木生い茂る大きな家だった。




「うわ・・・すごい、大きーい!」


麻衣が、素直な意見を述べ歓声を上げる。



正式に依頼を受けることになった麻衣たちは、元小林家に来ていた。
夏希さんは、家に近づくとどうしても気分が悪くなると言うことで、案内は夏希さんの代わりに敦さんにして貰う事になった。


都心から少し外れた元・小林家は、麻衣の想像以上に大きかった。すこし小さめのマンションくらいの大きさだろう。
小さくはあるが庭もあり、見た目もキレイで、十年以上も前に建てられた家だとは思えない。
そして、何年か前に一家惨殺事件が起きた家だとも、思えない。



「へぇ、なかなかだな。数年も無人だった家とは思えないぜ」
言いながらぼーさんが、麻衣の頭の上に手を乗せた。

「ぼーさん、セクハラー」
「なにをう!?」
じゃあもっとやってやる、と言いながらぼーさんは麻衣の頭をぐりぐりと撫で回した。

「ひどいっ!頭ぐしゃぐしゃじゃんかっ!」
膨れながら文句を言う麻衣も、笑いながら麻衣の頭を撫でるぼーさんも、今ではすっかり「自然」だ。


「親子漫才はそれくらいにして下さいまし。他人のフリするのも大変ですのよ」

お馴染み真砂子が、肩を竦めて、着物の裾を口に当てて言う。

確かに、ここは都心から少しはずれたと言っても都会に他ならない。多くの通行人が側を通るたび怪訝な目をして通り過ぎている。
これに気付いては、流石にうるさかった自分たちが恥ずかしくなって来た。
「全くよね、ホント馬鹿親子なんだから。」

綾子が呆れた顔をしながら相槌を打つ。
「そんなに麻衣と仲良くすると、どっかのナルシストが怒るわよ」

綾子は呆れた顔から一転、楽しそうな顔をして、麻衣達の前を歩く黒ずくめの二人組みの後姿を顎で指す。


それが聞こえたのか、ナルシストと称されたナルだけが顔だけを少しこちらに向けて横目で綾子を睨みつけた。
ナルと目が合ってしまった綾子は、まるで石化したかのように一瞬固まる。
麻衣はそんな綾子を見て、心内で合掌などしてみたりするのだった。


今日のメンバーは、ジョンと安原さんがいない。
ジョンは事情があって、こちらに合流するのは明日だし、安原さんは、今日は事件について調べる事になっている。


そのことに気が付いて、ちろりと真砂子を見る。目が合った。

「真砂子ぉ〜?どうしたの?元気ないね?あ、愛しのダーリンvがいないから、寂しいんだ?」
などと、笑顔で言いながら真砂子をからかってみせると、彼女は火が灯ったかのように真っ赤になった。
そんな真砂子を見て、かわいさのあまり更にからかいたくなる。

「そ、そんなんじゃありませんわ!安原さんがいないからって、わたくし少しも・・・!!」
「あらぁ?あたし安原さんだなんて言ってないよー?」

してやったり。にんまりと笑って言って見せると、真砂子は顔を真っ赤にして拗ねたようにそっぽを向いてしまった。

これ以上からかうと、真砂子は本気で怒る。それは御免被りたいので、麻衣もそれ以上詮索はしない。


すると、真砂子が気が付いたように言った。
「麻衣、あなたそういえば家の近くにいて大丈夫ですの?この前、倒れたと聞きましたわ」
真砂子が真剣な顔をして聞いてきたので、麻衣は本気で心配してくれたことが嬉しくなった。
「だいじょうぶ!いまはヘイキだよ!耳鳴りもしないし・・・心配してくれてありがとう」

麻衣は満面の笑顔を真砂子に向けた。それがまた照れ臭かったのか、真砂子はまたそっぽを向いてしまう。

そんな真砂子は、女の自分から見ても可愛いと思う。安原さんは、幸せものだ。
ちょっと素直じゃないとことかは、あったりするけど。




「麻衣!遊んでないで、さっさと準備をしろ!」
「は、はいぃぃっ!」

所長サマの怒りの鉄槌。
これ以上に怒られると面倒なので(というか怖いので)、急ぎ足でナルのもとへと駆け寄る。


ナルに追いついたときには、既に玄関であった。
リンさんがドアノブに手をやると、麻衣の中で何かがドクンと脈打った。





大丈夫。大丈夫___________________・・・・・・・落ち着け、落ち着け。




自分に言い聞かせる。動悸が治まったとほぼ同時に、玄関のドアが開かれた。
キィ、と、古い扉の開く音がする。


玄関に足を踏み入れたと同時に、一番奥のドアに視線が囚われた。







少し開いたドアの隙間から、赤い目がぎらりと光っていた気がした。


狂気と殺意に満ちた目。濁っていて、一片の輝きも感じさせない瞳。



逃ガサナイ。



逃ガサナイ________________________________・・・・・・・・・・・・・・



こっちに来ては駄目。





誰のものかも判らない声が脳を貫いた気がした。
鋭い痛みと同時に、激しい眩暈を感じた。




よろりと、身体がよろめくと、ナルが背中を支えてくれた。

「麻衣、だいじょうぶだ。何もいない。」


強い意志を秘めた瞳で、ナルがそう言う。
その言葉につられてドアに視線を戻せば、僅かも開かれていないドアが寂しげに一つあった。



「麻衣!」
「大丈夫なの、麻衣」
皆が駆け寄ってきてくれる。
うん、大丈夫だよ・・・。麻衣はそう呟きつつも、やはりここは危険過ぎると、本能が警報を鳴らしていることに気が付いていた。