明らかに、真砂子では無い声と目つき。
瞳は恐怖を映していて、張り詰めた色だ。
声は幼児のように高く、落ち着かない。
目の前の真砂子は、今にも泣き出しそうだ。


子供_______________________________________・・・・・・・・


この子は、まさか。





「夏望・・・ちゃん?」

麻衣はおそるおそる口にしてみる。すると、真砂子は身体をびくりと震わせた。
夏希さんの妹さん、夏望
なつみちゃん・・・。9歳という若さにして、この世の最大の恐怖を知り、この世を去った。


「にげて。・・・ここにいちゃだめだよ、にげて・・・・・あいつがくる」

夏望ちゃんが顔を歪ませて言った。
空気が、この部屋だけ止まったような感覚に陥る。




あいつ\____________________________・・・・・・・



この幼い命を残酷にも奪い去った、暖かな家庭を壊した、その犯人。
死刑になったと聞いた。しかし、まだこの家には居るのだ。

逃げた目撃者を必死に見つけ出して復讐せんとする、悪魔≠ェ。





あたしは、殆ど無意識のうちに真砂子_______・・・夏望ちゃんを抱きしめていた。
抱きしめた体も、体温も、真砂子のものだけど。
今恐怖に怯えて、それでも必死に逃げろと訴えてくれる、ここに居る少女は紛れも無く夏望ちゃんだ。

あたしが抱きしめたところで、状況が変わる訳ではない。それは自分でも判ってる。
だけど、抱きしめたかった。
愛しくて悲しい、この少女を。

心から救いたいと思った。




「辛かったね・・・。痛かったね・・・。怖かったね・・・っ!大丈夫、ぜったい、ぜったいに、あたしたちが何とかするから・・・!」




激しい頭痛も、今は気にならなかった。
それよりも、今この少女を、護らなければと思った。









「夏望ちゃん」


ナルのテノールが部屋に響いた。
少し遠くに居たナルが、あたしと夏望ちゃんにゆっくりと近づく。


「犯人は今も、この家に居る?」
ナルは、夏望ちゃんのすぐ側に片膝を立てて座り、そう訊いた。

夏望ちゃんは、ふるふると少しだけ頭(かぶり)を振って言う。
「いまはいないよ・・・だけど、夜になると・・・・くるの」

今にも泣き出しそうな表情で、夏望ちゃんは声を絞り出す。
ぼーさんが険しい顔をして、夜か、と呟く。


「たしか、夏希さんが帰宅したのは大体7時半。ヤツが来るなら、逃がしちまった時の怨念が一番強いその時間だろうな・・・・。
・・・今は5時だから、あと2時間半、か」
ぼーさんの言葉にハッとして、カーテンの開いた窓を見る。


夕陽は傾きかけている。あと、もう少し__________________________・・・・・・・。





もう少しで、あいつ≠ェ、来る__________________________________________・・・・・・・・・・・・・・・・・・。







背筋が、ぞくりとした。
痛みが頭を貫いたような感覚がした。




「ねぇ、ヤバイんじゃないの、ナル。」


綾子が不安気にそう言った。
「ここらへんにおすがりできそうな樹はないし、あたしはそんな怨念の塊みたいなヤツを相手になんか出来ないわよ。」
綾子が腕を組みなおして言う。続いてぼーさんも賛同した。

「一回、戻ったほうがいいんじゃないか?真砂子ちゃんもこんなだし、ジョンもいないことだしさ。少年の情報も、まだだし・・・・。」
ぼーさんが少々バツが悪そうに言った。
あたしも賛成だ。夏望ちゃんは害はなさそうだし、どちらにせよジョンは来るのは明日だ。


それ以上に、今はあいつ≠ノ会いたくない。
今あいつ≠ノ会ったら、正気でいられる自信がない。





いつの間にか思い出してしまった最初の夢の全容。
鋭くて澱みきった狂気の瞳。
全身に伝わる犯人への恐怖。

きっと、体験したのはあいつ≠ノ殺された、この家にいるであろう家族___________・・・・・




ぎゅう、と自分の服を握り締めた。





「判った・・・今日はこれで撤収する。完全に夜≠ノなる前に、この家を出るぞ」
ナルがふぅと溜息を吐き、書類を手に持つ。カメラのスイッチを入れて、何かリンさんと話し始めた。


きゅう、と何かが右腕の袖を引っ張る感触がして、振り返る。
真砂子___今は夏望ちゃんが、心配そうな顔をしてあたしをみつめていた。

「なぁに?夏望ちゃん」
「にげてね」
夏望ちゃんが間髪入れずに言う。
「あいつは、だれでも殺すよ。しらないお姉ちゃんたちでも、じゃまなら殺すよ・・・」

夏望ちゃんの瞳は真剣だった。
それが余計に、恐怖を煽る。


「気をつけて・・・あたし、お姉ちゃんたちすきだよ」

夏望ちゃんがにこりと、初めて笑った。
「だから、もう来ちゃだめだよ・・・」
夏望ちゃんがそう言うととすぐに、真砂子の身体から力が一気に抜け、頭ががくりと下がった。

夏望ちゃんが真砂子から離れたのだと気がつく。
真砂子の名前を呼ぶと、握ったままだった真砂子の手に、反応してきゅうと力が篭る。
真砂子の肩を抱くと、真砂子が顔を上げた。


「夏望ちゃん・・・でしたわ」
いつもと同じ強い意志を秘めた瞳___いつもより多少疲れがあってか元気がないが__に、あたしは心からホッとした。
「うん・・・夏望ちゃんだったね。・・・・・・・ぜったい、助けるよ」
真剣に頷きながら言うと、真砂子も頷いて言った。
「ええ・・・。このままになんて、しておけませんわ。・・・・絶対、助けます」






真砂子に大丈夫かと声をかけて、立とうとする真砂子を促しながら思った。






絶対に、この戦いは負けられない、と。











______________________逃ガサナイ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・











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